新年を迎えるにあたって

29 Jan 新年を迎えるにあたって

2020年、神様はあなたに何を教えてくれましたか?

近頃、神様は僕に上を向いて歩むことを教えてくれているように感じます。20代の頃は人生が永遠に続くもののように感じられましたが、向き合わなければいけなかった数々の問題や、あらゆる試練を通して、人生とは限りのあるものだと気づくようになりました。神様はそのような過程の中で、もっとペースを落として、本当に人生に意味をもたらすものに目を向けるようにと、僕を助けてくれました。

ピリピ4章8節には、愛すべきことや、清いこと、真実であることや、誉れあることに心を留めなさいと書かれています。この数年間、ミニストリーから来る試練や痛みにとらわれていました。しかし最近、神様は僕をみ言葉への完全なる明け渡しと従順の中へと助け導いてくれています。かつては、ネガティブなことをひたすら思い巡らし、気力を失くしていましたが、最近は小さなことから大きなことに至るまで、神様からの祝福を見つけて感謝することを学んでいます。そのようにポジティブな心を持つことを通して、僕の上にのしかかっていた痛みや傷も少しずつ癒されています。

今年、東京において、神様がどのようなことをなさるのを期待していますか?

日本の教会はこの国に必要なものをすでに持っています。キリストのうちにあるならば、イエスに似たものとなるように召されているからです。自分の努力や特別な才能や意志の力によってではなく、イエスを愛することによって僕たちの心は変えられていきます。そして変えられた心を持つものこそが、イエスに似たものとなれるのです。

すべての日本人クリスチャンが、牧師や宣教師といった献身への道に召されているわけではありませんが、大宣教命令は私たちすべてのクリスチャンに与えられたものです。主があなたを置かれたその場所こそ、あなたが愛すべき人たちがいる場所であり、キリストの弟子とするべき人たちがいる場所です。キリストの弟子とするべき人たちには、失礼なことを言ってくる同僚も、決して親切ではない上司も、また世間には受け入れがたいとされる人たちも、すべての人が含まれています。彼らが何をしようと、父なる神様の愛は変わりません。難しい職場の中で、イエスに似た者となるよう学ぶことは、チャレンジです。イエスを否定するような環境であっても、信仰によって一歩踏み出すなら、イエスは力を与えてくださり、ご自身のような生き方を教えてくださります。

皆さんには思っているよりも影響力があることを忘れないでください。それは多くの場合、僕みたいな牧師を越えるものです。イエスは私たちを国々へと遣わされました。皆さんの人間関係や置かれた環境はそれぞれのいわば「国々」です。皆さんがそこで仕えている姿には、学ばされるものがあります。同時に教会は牧師だけが奉仕をする場所ではありません。たとえば、皆さんが未信者の人を教会に誘ったとしても、そこから先が牧師の働きだと決めつけることはできません。皆さん一人ひとりがその未信者を愛し、良い友であることが、彼らをキリストのもとへと導くすばらしい機会となるのです。

もし福音を伝えることに自信がなければ、その人を愛するというシンプルなことから始めてみましょう。例えその人がイエスに従う決断をしなくても、ただ神様がその人を愛しているから、自分も愛するのだ、という心を持ちましょう。皆さんがシンプルにイエスの導きに従うことこそが、すばらしい証しとなるのです。イエスが歓迎されていない環境の中においても、私たちは神様の子どもであり、私たちの父なる神様はすぐ側にいてくれます。

堂前デリック(牧師・コミュニティメンバー)

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