何かを失ったとき、何かを得る

27 Nov 何かを失ったとき、何かを得る

2020年は、激動の一年間でしたね。ワイワム東京では、世界中の人々が体験しているコロナ禍での困難とは別に、多くの組織内での変化がありました。以前のブログでも紹介しましたが、今年はリーダーシップチームが入れ替わった他に、主に導かれて東京から別の場所へと移ったスタッフも多くいました。

「変化」というものは、ときに怖いものですし、その先にあるものはいつでも不透明です。ですが、私は変化が必要以上に嫌われてしまっていると思います。変化とは、ときに美しく、すばらしいものでもあるからです。変化とはたしかに何かを失うことを意味しますが、同時に何かを得ることも意味するのではないでしょうか。

今年、私たちのコミュニティーは多くのものを失いました。たとえば、私たちはすばらしいリーダーシップ・チームを失いました。ですが、同時に別のすばらしいリーダーシップ・チームを得ました。また、多くのスタッフが去っていきました。ですが、彼らが主とともに歩んでいるということを知っているので、私たちは安心し、わくわくしています。彼らも、私たちも、主につながれ、主に抱かれていると確信しているのです!

変化に伴うさまざまな経験や感情の中で、主は私たちと一緒に歩んでいきたいと願っておられます。また、悲しみや喜び、不安や平安、それらすべてを通して、主は私たちを抱かれたいと願っておられます。得られるものよりも失ったものの方が大きいと感じるとき、主は私たちとともに泣かれ、私たちをわが子として慰め、抱きしめたいと願われます。変化によって新しい場所へと進み行かなければならないときも、主はわくわくしながら、私たちの前にも、横にも、後ろにも進み行かれます。そして、私たちが感情を感じるのに疲れ果てたときさえも、ともに休まれるのです。

私たちの多くは、この疲れ果てている段階にいるのではないでしょうか。ですが、それでもいいのです!主は私たちとともにおられます。主は私たちを背負い、支えてくださることを約束されておられます。私たちが主に目を向けるとき、主は忠実に私たちのうちに、私たちのために動いてくださるのです。

「あなたがたが生きている間、年をとり、頭が白くなっても、わたしはあなたがたの神となる。わたしがあなたがたを造ったのだから、あなたがたを背負い、救い出そう。」イザヤ書 46:4(聖書 リビングバイブル ©1978, 2011, 2016 Biblica, Inc.®)

変化とは旅のようなものです。皆さんはいま、この旅の中でどのような場面に差し掛かっていますか?主は皆さんお一人お一人に何を示されたいと願っておられるでしょうか?

レイチェル・ハーヴィー(リーダーシップチーム・メンバー)

イエスと日本のために、

東京ワイワム

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