祈りという朽ちない遺産

27 Aug 祈りという朽ちない遺産

ワイワム高槻のスタッフとなり、街の歴史を知ったとき、私は思いました。「答えを待っている祈りがまだ絶対にある!」

16世紀後半、高槻はキリシタン大名の配下にあり、その人口の7割強がクリスチャンであったとされます。しかし、間もなく禁教令が敷かれました。高槻のクリスチャンも、その多くが長崎に連行され、「排除」されたのです。日本におけるクリスチャンの歴史は決して浅いものではありません。家族や友人、隣人たちがイエス様を知り、救い主として受け入れることを求め、いままでにどれほど多くの者たちが祈ってきたことでしょう。それらの祈りのどれだけがもうすでに答えられているのでしょうか?そして、どれだけの祈りがいまだに答えを待っているのでしょうか?

時は変わり80年代、幸いにもワイワムは高槻に建物を構えることができました。それ以来、多くのワイワムの宣教師がやって来ては、地元のクリスチャンとともに、何時間もの礼拝やとりなしの祈りを神様に捧げてきています。この地では何百年にも渡って祈りが捧げられてきました。そしていま、それらの祈りと交わるかのように、再び同じ祈りが湧き上がっています。「神様、この地にリバイバルをもたらしてください!」今日、さまざまなアウトリーチの扉が高槻で開かれているのは、これらの歴史を通して捧げられてきた、かぐわしい祈りとつながっているのではないでしょうか。近所に住む友人は、この建物について、そして私たちが信じていることについて、好奇心を寄せています。「彼らの祈りを捧げる神様とは、どのような神様なのだろう?彼らの神様は、日本で歴史を通して信じられてきた八百万の神とはどのように違うのだろう?」このような疑問を通して、私たちの友人の心は解きほぐされていくのです。また、イエス様に信頼を寄せたいと願うようにもなってくるのです。

数か月前、神様は私たちに礼拝と祈りの「祭壇」を改めて築くように示されました。そして、ハワイの「祈りの戦士たち」の心にも、大阪を置かれました。この街のこの建物で、40日間、昼も夜も日本のリバイバルを求め続け、王の王のみ前にかぐわしい祈りを捧げるように示されたのです。これらのことを偶然として片付けることはできません。この地で今、起きていることは、この地の4世紀に渡る歴史とつながっているのです。神様が沈黙していたと思われていたときにも、聖徒たちの祈りは大空を貫いて、しっかりと神様の耳に届いていました。そして、神様はそれらの祈りに答えられました。私たちは、彼らが蒔いた祈りの種の実を刈り取れるのです。神様は絶対に、私たちの祈りにも耳を傾け、心の叫びも聞いてくださいます。私たちの生きている間に、それらの祈りが答えられるとは限りません。しかし、祈りが報われないことなど、決してあり得ないのです。私たちが去った後に答えられる祈りもあることでしょう。ひょっとしたら、神様のみ顔を仰ぎ見るその日まで、祈りの成果を見られない場合もあるかもしれません。ですが、私たちにはクリスチャンとして、祈りの答えが見られる場合も、見られない場合も、どのような時にも絶えず祈りを捧げる使命が与えられています。

遠い昔からいまに至るまで、この地で忠実に祈り続けてきたクリスチャンたちには、深く感謝しています。また、彼らが涙とともに蒔いた種の実をいま、刈り取れることをとても光栄に思います。

主よ、私たちの祈りが大胆なものでありますように。また、その成果が自分たちの生涯には収まりきらないほどの祈りを捧げられますように。この国を東の果てから西の果てまで、北の果てから南の果てまで、リバイバルで満たしてください。そして、この地の聖徒が捧げる祈りの一つたりとも、答えられないことのないよう、お祈りします。

「私の祈りが、夕方の供え物となり、あなたの前に立ち上る香となりますように。」詩篇141篇2節(聖書 リビングバイブル ©1978, 2011, 2016 Biblica, Inc.®)

アニタ・ドゥエック (ワイワム高槻ベース・ディレクター)

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